歴史上の人物に「源」という氏が多いのには、実は驚きの理由があります。

話は平安時代にさかのぼります。52代嵯峨天皇には妃が約30人、皇子皇女が約50人もいたとされていますが、あまりにも多いため国費削減のため、皇子皇女を一挙に臣籍へと降下させました。

そのときに与えたのが「源」氏だったんですね。

これは皇室とミナモトが同じ、つまり皇室と租が同じだという意味を込めたといわれています。

しかも、そのあとも何人かの天皇がこれに倣い、自分の子に「源」氏を与えて臣籍に降下させたことにより、嵯峨天皇の子孫は嵯峨源氏、清和天皇の子孫は清和源氏と、源氏とひと口にいっても様々な系統が生まれることになりました。

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